戦争の過ちを二度と繰り返さないために

「九条の会さかい」発信 2021.5 No.50

2021年06月01日 23:05

それでもやるのか五輪・パラ

 「もちろんイエスだ」IOCコーツ氏の平然とした発言に怒りと落胆を覚えた国民は多い。

 「開催中止」ネット署名は今月5日から7日二日間で22万筆を超えた。22日、都内有権者への意識調査では「中止すべき」が6割に上った。24日、米国務省は感染に歯止めがかからない日本を「渡航中止国」に引き上げた。

 昨年五月、初の「緊急事態宣言」が出されたのが五輪・パラ延期決定二週間後だ。そして今年一月、二度目の「緊急事態宣言」は聖火リレー開始直前に解除した。そのリバウンドによる感染拡大で今度三度目を出したのだが、感染動向は治まらずに六月二十日まで延長になった。開会まで一月を残す時期だ。振り返れば、政府は五輪・パライベントを軸に「緊急事態宣言」を出しきた。国民を翻弄するかのようだ。

 昨年、森会長は当時の安倍総理にコロナ鎮静を見越して開催「2年延期」を進言したそうだが、それを首相は聞き入れずに「1年延期」に決めた。今年の9月までの任期中の五輪・パラ開催に強い欲求があったのだろう。こんな裏事情で国民の命が危険に晒されているのだ。
 

 

緊急事態を取り違えてはいまいか

 憲法記念日を機に、国民の憲法観について世論調査がなされた。結一時的果は、新型コロナウィルスなど感染症、テロや大規模災害に対応する「緊急事態条項」を憲法に加える必要性について、「必要」57%が「必要ない」47%を大きく上回った(4月30日共同通信)。日弁連はこのような世論への危機感からか、感染防止は法律上の対応で十分可能との声明を出した。

 「緊急事態条項」とは、法律の機能をに停止して、内閣に権限を集中させる一方で、国民の権利制限を憲法に認めさせることだ。しかし、これは国家権力から国民を擁護する立憲主義に反する。「緊急事態宣言」とは、政府が市民への外出自粛、飲食店への時短営業、商業施設への休業等いずれも要請という「お願い事」に過ぎない。世論はこの二つの似て非なる緊急統治形態を取り違えてはいまいか。

 あいまいな要請は国民の同調圧力と責任押しつけだけの不健全さが露呈する。それゆえに、法律によって行政権力と私権の境界を明確にすることではないか。法的に感染防止効果を確実にする。一方で国民や飲食店等への権利制限には等分な補償をする。公平性が保たれない場合は裁判でそれを担保することだ。

 改憲などを持ち出す前に法律にもっと仕事をさせろと日弁連は言っているのだ。

 

 国民を見くびるな国民投票法改正案

 国民投票法(2007年成立)は公平性の問題があって、その改正法案が11日に衆院を通過した。

 国民投票とは、改憲の賛否を国民一人一人が票を投じて決することだ。制度を選ぶ選挙であることから、賛否には表現の自由が保護される。ここが人を選ぶ選挙とは質的に違う。

 現行法は、選挙資金やビラ、宣伝カーなどの量的制限がない。事前運動や戸別訪問も自由。新聞広告やテレビやネットでのCMも制限なし。だから資金力のある与党自民党とこれを支援する電通などがCMを垂れ流せば圧倒的な優位となり、公平性は保たれない。

 さらに、根本的な問題は「最低投票率」が設けられていないことだ。改憲発議は衆参総議員数の三分の二以上とする採択の縛りがあるが、国民投票には投票率制限がない中、過半数以上で改憲の賛否が決まる。例えば、投票率50%ならば、有効投票数の25%で決まる。国の基本法規が国民の一部の意思で左右される方法に、国民の投票価値を見くびるなと言いたい。

 改正案は大学や大型商業施設に投票所を設ける投票環境整備やCM等の量的制限図るようだが、根本的な問題は残される。自民党は改正論議に乗じて改憲論議を加速させようとしている。コロナ禍中の火事場泥棒は許せない。


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