
戦争の過ちを二度と繰り返さないために
「9条の会さかい」発信 2024.8 No.88
中村喜四郎演説を聞いて
衆議員の中村喜四郎氏については、当会報で4回にわたって取り上げた経緯がある。その中村氏は今、地域の人たちに自己の政治姿勢を説く行脚を続けているという。今月下旬、近所の支援者宅で行われた機会に顔を出した。
中村氏は、自身がなぜ立憲民主党に入党したかという有権者の疑問に答えたいとして、30分間ほどの演説をした。受けた印象からは、筆者たち(戦争法の廃止を求める県西市民連合)が毎月古河駅前で民主的な政治、平和で安全な国つくりを政治に求める街頭活動に共通する立ち位置を示し、集まった聴衆に語りかけた。
古巣の自民在席時代には閣僚まで務めた中村氏は、斡旋収賄容疑で現職逮捕、服役した後返り咲き、「党より人」を掲げて孤軍奮闘していた。しかし、今の自公政権と対峙するには、主力野党に席を置くことを決意したと語った。現在の自民党は、中村氏が在席した頃の党とは異質なまでに変貌してしまったと批判を強める。
長期にわたる安倍政治がもたらした説明なき政治は、国民の政治離れと分断を招き、それに起因する投票率の低迷が民主制を危機に墜とした。内閣が官僚人事支配して森加計桜の疑惑を生んだ。岸田政権は安倍路線を踏襲かつ加速拡大し、防衛費倍増の軍拡路線ひた走る危険な防衛外交政策、裏金問題で露呈した自浄能力の欠如、党執行部に委縮して物言えぬ議員集団と閉そく性、それらを背景にして政治家と政治の劣化の惨状を説いた。
「党より人」の時代の中村氏を振り返ると、憲法9条への自衛隊明記や集団安保法制、共謀罪法に反意を示していたことを付記しておく。
現在、自民総裁選の話題が飛び交っている。11人が出馬意の意欲を示す乱立ぶりだが、所詮は総選挙用表看板の架け替えに過ぎない。国民のための政治を取り戻すには、政権交代を実現する他にない。かつて中村氏が進めた「投票率10%UP」運動、投票に行こう!
妹そして弟たちに・・・」の「飢え」から
「月刊日本」8月号に評論家三浦小太郎氏によるアニメ「火垂るの墓」への論評があった。そこに、このアニメの監督高畑勲と原作者野坂昭如との対談が紹介されていた。
この対談で野坂は、「自分はあの映画のように優しい兄ではなかった。自分のものを食べないで妹にやろうと心の中で思っても、イザ、それを手に持つと、こっちが腹減っているから食べてしまう。食べおわったときの苦痛というのもすごい」(評文を大竹要約)と吐露したが、そこは小説に一切書かなかったと語る。
これとは別に、野坂はエッセイ「終末の思想」のなかでこの実体験を告白している。乳飲み子の妹は、栄養失調による吹出物と汗疹、さらに、虱 がついて痩せ衰えていく。当然ミルクなどない。かたい脱脂大豆を自分の口に含んでやわらかくして与えようとするが、腹が減っている自分がその大豆を飲み込んでしまう。だが、それを悪いとは思わなかった、と妹への残酷さを露悪している。
俳優で画家の米倉斉加年が書いた絵本「おとなになれなかった弟たちに・・・」のなかで、著者が10歳の時に生まれた弟ヒロユキへの懺悔を込めている。戦時下、銃後の国民は食料難に苦しめられた。父の出征後、母はぼく(著者)と妹とヒロユキのために、自分の食を削ってでも分け与えた。だが、母乳が出ないために、配給の粉ミルクだけがヒロユキの命を繋ぐ食だった。それでもぼくは空腹に耐えきれず、弟のミルクを何回も盗み飲んでしまう。悪いことと分かっていても飲んでしまう。やがてヒロユキは栄養失調で短い一生を閉じた。
戦争は飢えで人を苦しめ、飢えによって人は人でなくなり、飢えが人の命を奪った。戦後79年の今、あの「飢え」はない。でも、再来することがないと断言出来ようか。戦争とあの「飢え」、あれが繰り返えされてはならない。
あれをなんとしてでも断たなければならない。
終戦忌九条重ね黙とうす 昌利
禁断の実を喰らへとそそのかす飢えのまなざし子らに冷たし 蒼果