戦争の過ちを二度と繰り返さないために
「9条の会さかい」発信 2026.5 No.108号
今年の憲法フェスティバル水戸にて]
5月3日の憲法フェス(水戸千波公園)に参加した。高市改憲に抗うように昨年よりも参加者が増え、若い世代が多く見られて概ね500人規模の野外集会となった。
主催者代表挨拶の田村武夫氏(茨城大学名誉教授)は「憲法はかつてない危機を迎えている」と開口した。高市政権の改憲前のめりの姿勢を始め、武器輸出解禁による「死の商人国家」への変貌や国家情報局、国旗損壊罪など国民監視社会をつくろうとしていると語気を込め、憲法前文(政府に戦争させない)への再認識を呼びかけた。
今年の講演会には参議員の山添拓氏(共産)と高良沙哉氏(沖縄の風)が招かれ、いくつかのテーマについて両氏の見解が語られた。紙面の都合上簡略して記述する。
「日本政府の姿勢について」:高市首相のトランプ偏重外交姿勢が異様に映る。沖縄からイラン攻撃に出撃していることを日本政府は黙認している。武器輸出解禁が“平和と抑止力のため“とは詭弁だ。
「改憲の動向について」:改憲論は与野党内部でも違いあり、まとまる方向になっていない現状だ。改憲派の論は都合の良い部分のつまみ喰いをして、憲法の三原則「平和主義・基本的人権尊重・国民主権」が抜けている。“出来るところから改憲”は国民をバカにした話だ。
「中国その他が日本を攻めてくることがあるか?」(参加者から):緊張を取り除くことが政治の仕事だが、高市発言は真逆の姿勢だ。中国は日本国憲法を信頼しており、踏み外せば関係が悪化する。中国をもっと知るべきだ。平和は対話でしか生まれない。
「平和活動について」:行動が大事、誰か一人の仲間を増やそう!
第15回九条美術展から
上野にある東京都美術館で開催された「第15回九条美術展」を5月6日に参観した。今年の九条美術展には全国から174点が出品された。とりわけ今回は高市政権の改憲姿勢に対する強い危機感が滲み出ていると映った。「私たちの危惧がいよいよ現実味を帯び」と記された会の宣言文が出品者たち憂いを代弁しているようだ。
境町の光山茂先生と久子氏は作品に加えて、平和への願いと危惧感を言葉でも表現された一節から。久子氏は「五〇数年前、生まれて間もないわが子の前で『この子が老いて死ぬまで戦争が起きませんように』と祈る母の姿は忘れられません。私の平和を願う原点です」と綴る。光山先生は「衣の下の鎧に気づかないとふたたび戦火への道へつながってしまうのではないか。いつか来た道では表現の自由さえ奪ってしまう」と警戒を訴えている。
戦前戦中は過酷な言論弾圧と国家総動員法の下で芸術の表現者たちは意に反して戦争に加担させられ、抗えば命を奪われた。表現者だからこそ歴史の再来を敏感に察知して自由の尊厳性を訴える。私たちへの警鐘である。
講演「戦争と核に抗う表現者たち」を聴いて
前掲の九条美術展にて、講演「戦争と核に抗う表現者たち」(永田浩三 武蔵大学名誉教授)を聴講した。永田氏はNHKドキュメンタリー番組の制作に長年携わってきた。講演は戦争と核兵器に俳句という表現で抗ってきた俳人や被爆者等の句とその背景が紹介された。
昭和初期には俳句の革新的な新興俳句運動や京都大学の自由な学風を背景にした俳句会活動があった。『泥濘の死馬泥濘と噴きあがる』西東三鬼、『戦死せり三十二枚の歯をそろえ』藤木清子。しかし、このような表現の根底にある思想が反国家的、自由主義的だとして、治安維持法を振りかざす特高警察が多くの句会人たちを検挙した。その典型が「京大俳句事件」である。
講演者は広島市内の古本屋で一冊の句集「広島」を見つけた。それは被爆者や俳人に交じって市井の人たちたが投稿した句を編集したものだった。敗戦直後、米軍占領の下で原爆投下による被害報道には検閲が敷かれた。広島と長崎での2度の被爆、9年後にはビキニ水爆で第五福竜丸が被爆した。敗戦から6年を経て日本の主権回復が国際的に認められた。国内では反核運動の隆盛とともに被爆の実態を俳句で伝えようとする気運が高まった。
『黒焦げの母の下なる死児無傷』青木微酔、『みどり児は乳房を垂るる血を吸へり』西田昭人、『ズロースもつけず黒焦げの人は女か乳房たらして泣きわめき行く』正田篠枝(歌人)。解釈を拒むかのような句が突き刺さって来るような感覚を覚えながら講演メモをとった。
講演者は俳句という表示形式の可能性について、人と人とをつなげられる希望があると締め括った。
地下足袋に地の力受け夏の畑 昌利
三十一の文字刺さるかに臆しおり灼熱に焼かれし襤褸の生は 蒼果