戦争の過ちを二度と繰り返さないために
「9条の会さかい」発信 2026.7 No.110
何とも後味の悪い国会だった
7月25日に特別国会が閉会したが何とも後味の悪い国会だった。高市政権と自維連立与党が政治的欲望を剝き出しにした異形の国会ではなかったか。会報読者はどう感じられただろうか。
とりわけ物価高にあえぐ国民生活を置き去りにして、維新との連立合意を優先した高市氏の政治姿勢を批判する。その典型が「副首都」法案だ。大阪市民の住民投票で2度も否決された「大阪都構想」の実現に手を貸すものだ。それでも野党が会期末ぎりぎりまで抵抗したことで、知事選などの地方選と住民投票の重複を回避する付帯決議が付いた。だが、あろうことか吉村維新代表大阪府知事はこの付帯決議無視を公言し、高市首相もそれを黙認している。これほど国会を貶める行為はない。
「国家情報会議」創設法が成立したことでスパイ防止法も出るだろう。スパイ行為の取り締まりは国民監視にも向けられて国民が相互に監視し合う不健全な社会に陥りやすい。「国旗損壊罪」法は維新が口を滑らせた通り、罰則で国旗への愛着を強要する戦前回帰の法だ。また罰則行為を曖昧にして忖度委縮の増幅を狙った意図が窺える。それ故、国旗に触ることさえ疎ましくさせる法だ。
「改正個人情報保護法」ではAI開発に提供される個人情報は「同意不要」との特例が設けられた。保護とは真逆のもので、世界的なAI競争に遅れを取るまいとする産業界の要請に応えたものだ。
極めつけは皇室典範の改悪だ。人権問題は措くことにして。「立法府の総意」とした「皇族数の確保」案を逸脱して、政府は「男系男子による皇位継承」を盛り込んだ。世論の7割超が女性天皇を容認しているなかで国民の総意とは程遠い。さらに旧宮家の男子と皇族との養子縁組の道を開き、生まれた男子に皇位継承資格を持たせるとした。だが、それでは皇位継承に政治性を帯びるとの懸念が払拭されないとする批判が上がっている。
高市内閣の支持率は急落の一途だが、高市首相は実績を自賛する強気の姿勢だ。これを止めるのは憲法が国民に求めた「不断の努力」でしかない。
なぜ人はデモに行くのか
7月19日(日)国会前デモに参加した。思い出すのは第二次安倍政権の頃だ。集団安保法案を巡って「戦争できる国」へと変貌する事への危機感を持った人たちが国会議事堂前に押し寄せた。当時は若い人たちの姿が珍しい中で数十人の学生集団SEALDsがひと際目を惹いた。ラップ調のコールとパフォーマンスにマスコミも注目した。この若者デモが変化の契機だったかも知れない。その後、フラワーデモに見る性暴力と闘う女性たちへと繫がったと思う。デモの風景が変わったとの昨今の報道をこの目で確かめようと足を運んだ。「19日行動」と呼ばれるこのデモは、2015年9月15日に集団安保法が強行採決を経て成立したことにちなみ、毎月19日に全国各地で行われている。当初は安保法の廃止や改憲反対の声もその時々の政権に応じて様々な訴えが行われている。
この日のデモは日中の猛暑にも拘わらず国会周辺の歩道に人が溢れて2万5千人(主催者発表)が結集した。10年余り前とは明らかにデモの風景が違って見えた。20代~40代ほどの参加者が多く、それも女性で占められていた。プラカードには思い思いの言葉がカラフルに装飾され、それらからは〈これが私の訴えです〉との主張が読み取れる。軽やかさと緩やかさと華やかさに映るのは女性たちと世代層の広さからだろう。「私は高市さんの政治に何となく共感できません」と書かれた言葉には、高市政治によって自分の生活が脅かされる不安さが滲み出ている。「愛子さま天皇になってね ❤」は何と素直な表現なのか。「高市ヤメロ! 麻生モヤメロ!」若い女性がマイクを握ってコールする。それに呼応するデモ衆の声がリズミカルに響く。議事堂の近くにある総理官邸で高市首相は様々な訴えをどのように聞いただろうか。
なぜ人はデモに行くのか。権力に異議を唱えるためにデモという直接行動に訴える。デモとは民と権力との間を仲介するための残された正当な手段である。デモに行く人たちにとってデモは止むに止まれぬ意思の発散ではないか。
民衆の蜂起のごとく繁茂せり庭の夏草抜くも疎まし 蒼果