戦争の過ちを二度と繰り返さないために

憲法学習会「自民党の憲法改正草案を考える」

2016年10月10日 10:07

2016.9.9

会場 ふれあいセンター(五霞町江川179-1)

 

リポーター 「9条の会さかい」事務局 大竹勉

 

 戦後71年を経過して、私たち国の政治が急速に右傾化したことで日本国憲法が改憲の危機にさらされております。このようなときに、私たちはしっかりと立ち止まって平和憲法の存立の意味を再認識しておくことがとても大切です。私たちの多くは憲法が遠い存在であるかのような錯覚をもっております。ところが、日常の中で独立した人間として生活できるように保障してくれているのが憲法です。

憲法が身近なものであることを理解するために、「古河市9条の会」奈良達雄代表が講演されました。善照寺での“平和の鐘つき”から講演会に移動した参加者はさらに増えて40名ほどになりました。憲法問題への関心の高さがうかがわれます。


2012年4月27日に「日本国憲法改正草案」を自民党は決定しました。奈良先生のご講演はこれと現憲法を対比させながら、私たち生活者の目線で読み解く内容でした。

 

以下は、そのときの講演内容を報告者(大竹)の解釈でもって整理したものです。従って、これの配布にあたっては、事前に奈良先生のご確認とご承諾はいただきましたが、文責は全て報告者(大竹)に帰するものです。

 

 

****************************************

 

講演者 「古河市9条の会」代表 奈良達雄氏

 

安倍政権は参院選で改憲を選挙争点から外しましたが、選挙後に衆参両院で2/3議席が確保できたことから、憲法審査会を立ち上げようとする動きが顕著に見られます。自民党が決定した「日本国憲法改正草案」を対象にした改憲論議をしようとしています。

1.草案前文について

 憲法の前文とは、憲法の基本的な性格を定義するものであるたいへん重要な内容です。現憲法の前文に対して、自民党改憲草案前文は半分程度とたいへん短くなっています。草案には、現憲法前文をユートピア思想として批判する考えがあります。

草案前文の冒頭から「天皇を戴く(いただく)国家であって」と最上級の言葉が使われています。これは天皇が皇祖神(皇統の祖とされる神、天照大神を指す)直系の子孫であるとする精神が表れております。現在に至っても2月11日を建国記念日として国民の休日に定めていますが、建国の歴史は戦前の紀元節由来であって、その復活です。

皇統の初代天皇とされる神武帝が即位(カムヤマトイワレビコが即位して神武天皇)したとする今から2676年(紀元前660年)前は、歴史的にはまだ縄文期(約1万5000年前~約2300年前)かつ新石器時代の終期です。当然、神器とされる鏡や剣が造られる以前の文明であり、正統な歴史認識とは乖離していることは言うまでもありません。

今年5月に先進国首脳会議G7サミットが伊勢志摩で開催されました。安倍首相は各国首脳を伊勢神宮に案内しました。神道の聖地で各国首脳の訪問(宗教儀礼に当たるために参拝はせず、二拝二拍手一拝も行わなかった)させたことに、安倍首相の特異な国家観や価値観が見て取れます。

 草案前文には教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる」と書かれてあります。憲法の中まで経済優先の文言に安倍イズムが織り込まれているようです。 今年8月にケニアで開催されたアフリカ開発会議の安倍首相演説では、300億ドル(約3兆円)の投資をすると表明しました。アフリカの国々を儲けやすい商売相手として見ているようです。また、資金投下によって国連の常任理事国入りを目指す選挙運動ともとれます。

 

 

現行 (前文)
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に 除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
自民
党改憲草案
(前文)
日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。

 

 

2.改憲草案「天皇・国旗及び国歌・元号」について

 草案1条には「天皇は、日本国の元首であり」となっています。元首とは、対外的に国を代表するものです。憲法における象徴性天皇は儀礼的な行為のみの政治的権能持っておりません。その非政治的な存在を元首に変えて、権力を行使できる余地を残そうとしております。それは民主主義に反します。

 先日、天皇の生前退位表明によって、皇位継承の話題が多くなっております。今上天皇の平和への強い思いがそのようにさせたと思われますが、改憲をもくろむ現政権への影響が出ることが考えられます。

 草案三条で「国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする」とあります。日章旗はかつての日本軍が起こした侵略戦争の象徴です。その被害を被ったアジア諸国の人たちへの反応に配慮したならばこのような文言は出てきません。第二次大戦当時、日本と三国同盟を結んだドイツ、イタリアは敗戦国となって国旗も国歌も変更しました。日本には、先の戦争に対する深い反省がなく、再び国民に国旗と国歌の尊重と義務を押し付ける文言が現われています。それ故に、このような改憲草案は反立憲主義と評されても仕方ありません。

こんな話があります。サッカーの中田英寿選手は、表彰台で聞く国歌には“元気が出ない”と言ったそうです。サムライジャパン(日本サッカー連盟)のシンボルには八咫烏(やたからす:神武東征記に出て来る熊野国から大和国への案内役)が使われています。スポーツの健全さにとっては違和感があります。

 草案四条では改元を明記して、憲法レベルまで格上げしております。(改元は1979年に法制化された制度。しかし、戦後の新憲法発布と皇室典範の改定によって法的根拠が一度消滅している。立憲主義を圧迫するような位置づけになっている)

 

現行 第一章 天皇


第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。





草案
第一章 天皇

(天皇)
第一条
 天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。

(皇位の継承)
第二条
皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。


(国旗及び国歌)
第三条
国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする。
日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない。

(元号)
第四条
 元号は、法律の定めるところにより、皇位の継承があったときに制定する。
 

 

3.改憲草案九条「安全保障」について

 憲法9条は「戦争の放棄」を謳っておりますが、草案ではこれを「安全保障」に変えていることで9条は全面的に書き換えられております。

草案九条2項では「自衛権の発動を妨げない」として、昨年成立した集団的自衛権を行使する根拠規定にしようとしていることが明白です。

 さらに、草案九条二で「国防軍」を設立させて、草案九条3で「国際社会に強調して」と敢えて国際連合との関係を切り離すことでアメリカとの強調(追随)姿勢が窺えます。さらに、草案九条5では「国防軍に審判所を置く」して、2013年当時の石破幹事長が死刑発言した軍事裁判を開くことなど、本気で戦争をしようとしている強権的な内容です。

このような国防体制を堅持するために、草案九条三において国防の義務を国民に押し付けています。

 

現行 第二章 戦争の放棄


第九条
 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。





草案
第二章 安全保障

(平和主義)
第九条
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。

(国防軍)
第九条の二
我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。

(領土等の保全等)
第九条の三
 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。
 

 

 

4.改憲草案「国民の責務・人権」について

 憲法12条13条では「公共の福祉」という文言を用いて個人の人権を保障しながら、相互の利害を調整する機能を担保するようにしています。

 しかし、草案十二条十三条では「公益及び公の秩序」がそれに代わります。公益とは国家主権から見た利益であり、秩序とは国家が決めた規則に限定された範囲を意味します。その範囲において、草案十三条では「人として尊重される。・・・公益及び公の秩序に反しない限り・・・尊重されなければならない」です。

 「個人」と「人」とは意味が大きく異なります。一人ひとりの個性を認めた上で「個人」の権利を保障することが憲法97条の最高法規性の根拠です。一方、草案では個人に付与されている個性や事情が削除されており、個性のない「人」として扱われています。そのような人の上に「公益や公の秩序」が乗っかっていることで両者の関係が逆転しています。ここが草案の恐ろしいところであり、支配者の論理そのものです。

 

現行 第十二条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

第十三条
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

第十九条
思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。





草案
(国民の責務)
第十二条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。

(人としての尊重等)
第十三条
全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。

(思想及び良心の自由)
第十九条
思想及び良心の自由は、保障する。

(個人情報の不当取得の禁止等)
第十九条の二
何人も、個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない。

 

 

 

5.草案「思想・信教・表現の自由」について

 憲法19条は「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」と権力からの介入を阻止する表現ですが、草案十九条では「思想及び良心の自由は、保障する」と上からの目線で書かれています。国家にとって都合よい「公益及び公の秩序」を守れば保障してやりましょうと言いたい文面と見て取れます。

 また、草案十九条二は個人情報の不当取得等の禁止を謳っていますが、一方で政治家の利権が暴かれにくくなることも十分考えなければなりません。

 草案二十条3にある信教の自由について、行政の宗教活動を禁止しているところは草案も憲法同様ですが、「社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りではない」として、政治家の靖国神社参拝などを正当化するように盛り込んでいます。

 草案二十一条2表現の自由についても、その自由は公益及び公の秩序」を害しないことを前提として活動や結社の自由が保障される表現です。国民を権力から守るのではなく、草案が権力側の盾として機能するような表現がいたるところで出てくるのが見られます。

 沖縄では、県民はもとより国民の多くが辺野古への新基地建設反対運動をしておりますが、自民党改憲草案から見れば「公益及び公の秩序」を害する行為として、厳しい取り締まりの対象になるのでしょう。

 

現行 第二十条
信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
② 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
③ 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。





草案
(信教の自由)
第二十条
信教の自由は、保障する。国は、いかなる宗教団体に対しても、特権を与えてはならない。
何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
国及び地方自治体その他の公共団体は、特定の宗教のための教育その他の宗教的活動をしてはならない。ただし、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りでない。
 

 

 

6.草案「家族及び婚姻・生存権及び環境保護・教育権・団結権」について

 憲法24条では婚姻を個人の尊厳と両性の平等に立脚して成立することを規定しています。しかし、草案二十四条の最初に「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、お互いに助け合わなければならない」と規定しました。「個人」ではなく「家族」を「社会の基礎的単位」とする考え方は、草案が戦前の「家制度」と同じ古い価値観を継承しているからです。

この条文は、家族に自助共助の「基礎的単位」の役割を負わせることを強調しています。そこでは、家族が何らかの事情で解消された一人になってしまった場合に社会的不利益を受けてもやむを得ないことになるのでしょうか。家族内での互助を憲法で義務付けられた場合、例えば生活保護を申請する場合は厳しい制限が課されるようになってしまいます。本質的には、国の生存保障への責任を国民に転嫁する内容になっているのです。

 憲法25条の生存権条文「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」は良く知られています。ここは草案二十五条もほぼ同じ条文ですが、草案二十五条二「国民と協力して」と付け加えられており、国や自治体の「環境保全等の責務」への国民からの要求を抑え付けてしまおうとする魂胆が見えます。

 憲法26条の「教育を受ける権利」について、草案二十六条もほぼ同じ条文ですが、草案二十六条3「国の未来を切り拓(ひら)く」として、国の未来を個人の教育権に課しています。

2006年に教育基本法が改定されました。そこには「我が国と郷土を愛する態度を養う」など、国が定めた一定の価値観が教育目標に掲げられております。安倍政権では、国家の国際的な競争力を支える手段としての理系大学の偏重やそのためのエリート養成などの動きが見られます。東京都では都立高校の学区制を廃止したことで、学校の序列化が生じているそうです。(1982年に学校群制度、2003年に学区制度を廃止。背景に、かつての名門高校の凋落との指摘もある)

 憲法28条で「勤労者の団結権等」が保障されています。草案二十八条の条文も全く同じですが、草案二十八条2では公務員の団結権等の全部又は一部が制限されています。公務員においても、法律の労働基本権と憲法28条は整合していますが、実際の労働争議に関わる判例では状況に応じてさまざまです。草案は、公務員の労働基本権を大きく制限しています。

 

現行 第二十一条
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

第二十四条
婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
② 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

第二十五条
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
② 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
② すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

第二十八条 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。





草案
(表現の自由)
第二十一条
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。
前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。
検閲は、してはならない。通信の秘密は、侵してはならない。

(家族、婚姻等に関する基本原則)
第二十四条
 家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。
婚姻は、両性の合意に基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
家族、扶養、後見、婚姻及び離婚、財産権、相続並びに親族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

(生存権等)
第二十五条
全て国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、国民生活のあらゆる側面において、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

(環境保全の責務)
第二十五条の二
国は、国民と協力して、国民が良好な環境を享受することができるようにその保全に努めなければならない。

(教育に関する権利及び義務等)
第二十六条 全て国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、等しく教育を受ける権利を有する。
全て国民は、法律の定めるところにより、その保護する子に普通教育を受けさせる義務を負う。義務教育は、無償とする。
国は、教育が国の未来を切り拓ひらく上で欠くことのできないものであることに鑑み、教育環境の整備に努めなければならない。


(勤労者の団結権等)
第二十八条
勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、保障する。
公務員については、全体の奉仕者であることに鑑み、法律の定めるところにより、前項に規定する権利の全部又は一部を制限することができる。この場合においては、公務員の勤労条件を改善するため、必要な措置が講じられなければならない。
 

 

 

7.草案「(国会)表決及び定足数・議員出席の権利及び義務・総理大臣の職務・地方自治・請願権」について

 衆参議院における出席議員による「表決と定足数」について、憲法56条と草案五十六条の条文はよく似ていますが、草案には「議事」の文言が削除されています。出席議員の数よりも審議の内容が大事と言わんばかりです。しかし、議員が審議の場に出ないで立法活動を認めることになり、国会の空洞化を招き、議員活動の怠慢を増長させることになります。

 草案六十三条の内閣総理大臣の出席義務についても「職務遂行上特に必要がある場合は、この限りではない」としており、草案五十六条と同様な懸念があります。さらに、野党の問責決議などに対抗する際には都合の良い条文として利用されそうです。

 草案七十二条3「内閣総理大臣は、最高指揮官として、国防軍を統括するが盛り込まれました。現行では自衛隊法7条に規定されていたものから、敢えて憲法(草案)に格上げし、かつ「国防軍」を明記し、その最高指揮権の根拠を強固にしています。

 憲法92条「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて」とあります。「地方自治の本旨」とは、国から独立した地方自治体が、自らの権限と責任において、住民の判断に基づいて独立した意思決定(行政)を行うことを意味します。地方自治が国から独立するということは、国からの干渉を受けずに政治を行うだけでなく、国に対してもの申すことができることも意味します。

 一方、草案九十二条「地方自治は・・・住民に身近な行政を自主的、自律的かつ総合的に実施する」及び草案九十三条3「国及び地方自治体は、法律の定める役割を踏まえ、協力」と規定しました。地方自治の役割を「身近な行政」に限定しました。さらに、地方に「自立」を迫ることで国の責任を転嫁し、「相互に協力」で苦しければ自治体同士でやりくりせよと言っているような文言を入れております。このように、自民党改憲草案は地方自治に重大な転換を持ち込んでいます。

 地方自治の独立性が憲法で保障されているように、国民が国や自治体に苦情を申し立てることを保障した憲法16条「請願権(損害の救済、公務員の罷免、法律および命令又は規則の制定あるいは廃止と改正)」があります。草案十六条でもほぼ同じ内容となっておりますが、この請願権は明治憲法でも厳しい制約の下で一応の保障がされておりました。

 請願権行使の先駆的な出来事が明治時代前期に起こる自由民権運動とこれに連動した農民一揆です。薩長藩閥による専制政府に対して「憲法の制定・議会の開設・地租の軽減・(欧米列強との)不平等条約の解消・言論集会の自由」などを突き付けたものです。その当時、全国でさえ20万筆ほどの請願の中、茨城では1万を超える署名と運動が農民の間に広まりました。特に、生活をさらなる苦境に追い込んだ地租(税金)の軽減や教育費負担の軽減(義務教育化)の訴えは、暮らしの窮状から発せられた請願であり、“むしろ旗・腰弁当に切れわらじ”は農民の自覚的な運動の象徴でした。また、三島通庸(福島・栃木県令)が農民に強いた圧政に端を発する加波山事件(1884年・明治17年)では、その檄文に「そもそも建国の要は衆庶平等の理を明らかにし、各自天与の福利を均しく享くるにあり、政府を置くの趣旨は人民天賦の自由と幸福とを擁護するにありて、決して苛法を設け圧逆をなすべきものにあらず」と記して、人間の権利とは政府から与えられるものではなく生まれた時から自然に与えられたものであり、政府はそれを擁護する義務があると主張しています。

 

現行 第五十六条
 両議院は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない。
② 両議院の議事は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。



第六十三条
内閣総理大臣その他の国務大臣は、両議院の一に議席を有すると有しないとにかかはらず、何時でも議案について発言するため議院に出席することができる。又、答弁又は説明のため出席を求められたときは、出席しなければならない。

第七十二条
内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、並びに行政各部を指揮監督する。

第九十二条
地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。

第九十三条
地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。
② 地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。





草案
(表決及び定足数)
第五十六条
両議院の議事は、この憲法に特別の定めのある場合を除いては、出席議員の過半数で決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。
両議院の議決は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければすることができない。

(内閣総理大臣等の議院出席の権利及び義務)
第六十三条
内閣総理大臣及びその他の国務大臣は、議案について発言するため両議院に出席することができる。
内閣総理大臣及びその他の国務大臣は、答弁又は説明のため議院から出席を求められたときは、出席しなければならない。ただし、職務の遂行上特に必要がある場合は、この限りでない。

(内閣総理大臣の職務)
第七十二条
内閣総理大臣は、行政各部を指揮監督し、その総合調整を行う。
内閣総理大臣は、内閣を代表して、議案を国会に提出し、並びに一般国務及び外交関係について国会に報告する。
内閣総理大臣は、最高指揮官として、国防軍を統括する。

(地方自治の本旨)
第九十二条
地方自治は、住民の参画を基本とし、住民に身近な行政を自主的、自立的かつ総合的に実施することを旨として行う。
住民は、その属する地方自治体の役務の提供を等しく受ける権利を有し、その負担を公平に分担する義務を負う。

(地方自治体の種類、国及び地方自治体の協力等)
第九十三条
地方自治体は、基礎地方自治体及びこれを包括する広域地方自治体とすることを基本とし、その種類は、法律で定める。
地方自治体の組織及び運営に関する基本的事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律で定める。
国及び地方自治体は、法律の定める役割分担を踏まえ、協力しなければならない。地方自治体は、相互に協力しなければならない。
 

 

8.草案「改憲・憲法尊重擁護義務」について

改憲発議について、安倍首相は3年前に96条改正を言いはじめましたが、世論の批判が強まったことでその主張を後退させた経緯があります。

 憲法96条は改憲手続きを「各議院の三分の二以上の賛成」と定めた規定です。

 草案百条では「両議院のそれぞれの総議員の過半数の賛成」としました。

政権与党の議席数は1/2以上を占めるのが一般的ですから、その政権の裁量によって改憲発議が容易にできるようになってしまいます。特に、憲法の重要性から厳しい発議要件が課されているだけに、ハードルを低くすることは憲法の本質をゆるがすものです。

 憲法99条「憲法尊重擁護義務」の特徴は、天皇と公務員に憲法尊重擁護の義務を課し、国民には課していない点です。その理由は、憲法が国家権力から国民の権利・自由を守る目的で制定されたからです。

 草案百二条「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」と国民に押し付ける内容になっています。これでは、憲法が国家権力を縛るという憲法99条の趣旨を揺るがすことになってしまいます。

 草案百二条2「国会議員、国務大臣、裁判官その他公務員は、この憲法を擁護する義務を負う」として、憲法99条の冒頭で指定された天皇及び摂政」が義務を課す対象から削除されています。草案一条で「天皇は、日本国の元首であり」とした天皇の位置づけとの関係において、擁護義務を外すことは天皇の権能強化と国民主権の後退につながりかねなません。

 

現行 第九章 改正

第九十六条
 この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。

第十章  最高法規
第九十七条
この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

第九十八条
この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
② 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
 





草案
第十章 改正

第百条
この憲法の改正は、衆議院又は参議院の議員の発議により、両議院のそれぞれの総議員の過半数の賛成で国会が議決し、国民に提案してその承認を得なければならない。この承認には、法律の定めるところにより行われる国民の投票において有効投票の過半数の賛成を必要とする。

(地方自治特別法)
第九十七条
特定の地方自治体の組織、運営若しくは権能について他の地方自治体と異なる定めをし、又は特定の地方自治体の住民にのみ義務を課し、権利を制限する特別法は、法律の定めるところにより、その地方自治体の住民の投票において有効投票の過半数の同意を得なければ、制定することができない。

第九章 緊急事態

(緊急事態の宣言)
第九十八条
内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。

(緊急事態の宣言の効果)
第九十九条
緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。
 

 

 

9.草案「緊急事態」について

 自民党改憲草案は、新たに「緊急事態」の章を設けました。現行憲法にはこの章はありませんから、わざわざ章を新設したこと自体改憲の目玉の一つと見えます。

 草案九十八条「我が国に対する武力攻撃、内乱等による社会的秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態」において、内閣総理大臣は「緊急事態宣言」を発することができると規定しています。

 特に注意しなければならないのは、草案九十九条「緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができる」と規定しているところです。内閣(行政府)が国会(立法府)のかわりに法律と同じ政令をつくれると書いてあります。これは、内閣(特に総理大臣)への権力の極端な集中です。

 さらに、草案九十九条3「何人(なんぴと)も・・・国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない」としています。これは、緊急事態下での人権制限につながります。

 2013年、麻生副総理が改憲について「ナチスの手口に学ぶ」発言は、「緊急権事態」に密接に結びついております。ヒトラーは緊急事態だと言って、国家緊急権を濫用してさまざまな人権制限を強行しました。これによって、ナチス党に都合の悪い政党や市民に厳しい弾圧を加えて政権の強化保持を謀りました。

 草案の「緊急事態条項」とは、明治憲法下における緊急事態に対処する「戒厳令」に等しいものです。その当時、日本では戒厳令を濫用したケースがいくつもありました。とりわけ戒厳令が猛威を振るったのは、1923年の関東大震災でした。このときは朝鮮人が井戸に毒を入れたというデマが広がり、市民によって朝鮮人が惨殺される痛ましい事件が起きました。このとき出された戒厳令には、“朝鮮人を取り締れ”という内容が含まれていました。戒厳令によって、国が朝鮮人殺害にお墨付きを与えたのです。このように緊急事態条項から生み出された苦い歴史を繰り返さないために、現在の憲法はこれを除外したのです。

 緊急事態条項は、2013年東日本大震災と原発事故を受けてから、改憲派の政治家が盛んに強調しはじめたものです。たしかにこの震災では大きな混乱が生じました。避難行動や救援活動、復興支援がスムーズにいかないことが殆どでした。しかし、震災時に起きた混乱は、現行法「災害対策基本法、大規模地震対策特別措置法、原子力災害対策特別措置法、災害救助法、廃棄物処理法」など災害対処法で処理できます。他にも新型インフルエンザの流行に備えた「新型インフルエンザ等対策特別措置法」というものまであります。さらに、治安維持に対処する法律として、「警察法、消防法、自衛隊法、海上保安庁法」などにおいて、緊急時の対応が可能です。

問題は、行政の不手際の言訳に使われた「想定外」をなくすための平常時の防災対策です。それを棚上げにしておいて、「大規な自然模災害」を口実に、国民の人権を停止し、独裁的に権力を行使できる仕組みをつくろうとしているのです。断じて認めるわけにはいかないのです。

 

現行 第九十九条
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
 





草案

(緊急事態の宣言の効果)
第九十九条
緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。

緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。

(憲法尊重擁護義務)
第百二条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う。
 

以上

 

サイト内検索

お問い合わせ先

9条の会さかい(事務局) 090-8729-3008